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高収益企業「キーエンス」の知られざる顔

製造業の売上高営業利益率は平均で4.5%*。その中で55.4%という驚異の営業利益率を誇る会社がある。FA関連機器を製造販売する、キーエンスだ。メーカーなのに、これほどまでの数字を叩き出せる理由は「営業力」と「商品力」、そして「企業文化」にある。その実態を徹底解剖し、知られざる顔に迫る。

<写真右> Keijiro Kawabata 川端 慶次郎 2013年に人事として入社。給与計算や制度運営を学び、経理を経て、海外へ。タイ駐在中は、人事・経理など共通部門全般を担当し、2021年に帰任して現職。

<写真左> Misato Terada 寺田 美里 2018年に営業職として入社。自動認識事業部で営業を経験し2021年よりグループリーダーとしてメンバー育成に携わった後、2022年に人事部へ異動となり、現職。

何千人もの大きな組織が同じ方向を向いている そこがキーエンスのすごさ

営業利益率50%超。なぜこのような驚異の数字を叩き出せるのか。理由はキーエンスの企業文化にある。それを支えているのが『最小の資本と人で最大の付加価値をあげる』という経営理念だ。

「この『付加価値』という言葉を『社会の役に立つこと』という言葉に置き換えてみてください。キーエンスは社会の役に立つことを、最小の資本と人で最大化しようと追求し続けていて、それが結果として高い利益率につながっています」と川端さん(以下、川端)。

『最小の資本と人で最大の付加価値をあげる』は、あらゆるビジネスの基本概念とも言える。それが経営理念として掲げられ、社員が仕事をする上での明確な判断基準となっているから浸透しやすい。何千人という大きな組織が一つの目標を共有して活動している、そこがキーエンスのすごさだ。とはいえ、『最小の人で』となると、対抗心の高い個々のプレイヤーが競い合いながら仕事をしているイメージは否めない。果たして実態はどうなのだろうか。

「当社には、自分の成果だけでなく、チームで成果を追求する文化があります。キーエンス全体でお客さまの役に立つ、という考えが浸透しているからです」と寺田さん(以下、寺田)。

例えば営業の場面で、訪問した顧客の課題を、自分が扱っている商品では解決できなかったとする。キーエンスの社員は「自分の成績につながらないから」とあきらめたりはせず、課題が解決できそうな商品を扱う別の事業部にその顧客の情報を共有して営業のパスを出す。するとすぐにその事業部の営業担当が顧客のもとへ提案に行き販売につなげる、というわけだ。

「成果を出せる手法やノウハウは社内に共有され、ときにはチーム全体の戦略として採用されることもあります。担当者から衆知を集めることで、責任者は良い経営判断ができ、さらなる進化につながる。それがチーム全体の成果につながることを社員も分かっているから、自ら積極的に情報共有するのです」(川端)

キーエンスでは、情報や意見が極力スムーズに共有されるように、オープン&フラットな風土づくりを重要視している。例えば、全社員がお互いを「さん付け」で呼び合う。役職者も例外ではない。また、社長、部長という「長」がつく名称は用いず、責任者という意味合いで「社責」「部責」。「上司」「部下」は、「責任者」「メンバー」と言う。「長」や「上・下」という考えがないのだ。

「営業をしていたとき、理不尽な指摘をされたことはありません。善後策のアドバイスをもらえるだけです。報告しようかどうしようかと、あれこれ悩む時間がもったいない。その時間に次のアクションができますから。良いことも悪いこともありのまま報告すればいいので、当社では情報共有がとても活発に行われています」(寺田)

最小の資本と人で最大の付加価値をあげる 必要のない人は、一人もいない

もう一つ、企業文化として特徴的なのが、目的意識を持つということ。キーエンスには、何のためにやっているか分からない仕事は存在しない。たとえ単純な入力作業であっても、それは何のデータで、誰がどのように使うものなのか、その目的をちゃんと理解しておくことが求められる。「とりあえずこれをやっておいて」と理不尽に依頼することも、訳も分からないまま言われたことをやり続けることも、良くないこととして扱われるのだ。

「目的意識をもってその仕事を『なぜ・何のためにやるのか』を考えていると、『これで本当に良いのか』という問題意識が生まれます。このようにして、『目標を達成するためには、こうしたほうがよいのでは?』というアイデアが湧いてくるのです」(川端)

変化の激しい今の時代、現状維持=衰退となりかねない。時代に取り残された化石とならないためには、常に改善が必要。その『常に改善』は、目的意識を持つところから生まれる。

「なぜこのタイミングでお客さまに連絡をして、なぜこのプロセスを取り、なぜこの提案をしているのか、全員が自分の行動の一つひとつについてきめ細かく目的意識を持つ。これをやって業績アップにつながるか、そうならないなら、止めるか別のもっと良い方法を考える、それが当たり前になっているのです」(寺田)

なるほど、キーエンスが高収益を実現できる理由が分かってきた。『最小の資本と人で最大の付加価値をあげる』という経営理念。誰もが納得するビジネスの理想ではあるが、ともすれば形骸化されそうなこの理念を大真面目に、誠実に、それも全員で実践している。どんな場面でもこの理念を基準に判断し、『物事の本質』を見極めて行動しているのだ。

「キーエンスの待遇の仕組みとして『業績賞与』というものがあります。これは会社全体の利益の一部を社員に分配するという制度です。社員の日々の努力によって事業が成長し、会社が社会に提供する付加価値が大きくなれば間違いなく社員にも還元されます。それが社員のモチベーションアップにつながり、全体最適で最高のパフォーマンスを目指そうという動きを生み出しているのです。こうしてキーエンスは過去25年間以上、平均して10%以上の成長を遂げてきています」(川端)

社員の努力で生み出された営業利益が業績賞与として還元されるため、日本トップクラスの高待遇が実現される。経営理念を理解した社員一人ひとりが、高い当事者意識を持ち、高い付加価値を生むことにこだわっている。それがキーエンス独自の、こだわり抜かれたビジネスモデルの実践を支え、営業利益率50%超を実現させているのだ。

責任ある仕事を任されるから育つ、キーエンスの「営業力」

商品の魅力や開発者の想いを直接伝えるからこそ、顧客に響く

一般的に、商品を製造したメーカーが代理店や商社を通さず、直接商品を販売することはほとんどない。しかしキーエンスでは、直接販売にこだわって営業を行っている。キーエンスの衆知を集めた努力の結晶である商品の魅力は、開発者の想いを把握したキーエンス社員が直接伝えることで付加価値として最大化されて顧客に届く。

直販体制のもう一つのメリットは、顧客の生の声やニーズを、第三者のフィルターを通さず自社の商品企画・開発部門にフィードバックできること。代理店を介して販売した場合、代理店にとってはメーカー側から託された商品をいかに販売するかが目的になる。一方で、社員が直接自社製品を販売すれば、「どんな製品があればもっと目の前のお客さまの役に立てるか」という視点が生まれる。キーエンスでは、日々の実体験から感じ取ったことを『ニーズカード』という独自の仕組みを通して商品企画・開発部門に直接届けることができる。営業担当と商品開発の信頼関係が、価値の高い新商品を生み出し続ける好循環をつくりあげているのだ。

直販体制さえあれば高付加価値を提供できるのか。いや、キーエンスの営業力の真のすごさは、『チーム全員が切磋琢磨しながら一つの目標に向かって精一杯努力する空気感』にある。例えば、自分が良い提案方法を発見したら、そのノウハウを独り占めするのではなく、全体に共有する。キーエンスの責任者は結果としての数字だけでなく、プロセスやチームに貢献したアクションなど、努力の中身まで把握したうえで評価を行う。目に見える成績だけでなくさまざまな切り口でチームを表彰する制度があることも、その裏付けだ。皆で協力して頑張った分、得られる喜びや達成感も大きい。

若いうちから責任ある仕事を任せることが、最も社員の成長につながる

キーエンスの営業担当は業界知識やノウハウが豊富だ。顧客からすると「知識が豊富で話が早いから、あの人に聞こう」という気持ちになる。顧客から認められ、頼りにされることは、仕事のやりがいにつながり、自身の誇りとなる。

幅広い知識やノウハウは、仲間から共有されるものもあるが、自分の努力と足で稼いだものも多い。営業担当は、任されたテリトリーにある会社を業種問わずすべて担当する。つまり、その地域のマーケットを把握して、自ら営業戦略を考えることになる。その上で、ターゲティング、提案、クロージング、アフターフォローまで、他社が数名で担当を分けて営業するところを、キーエンスでは一人で完結させる。一人ひとりの責任範囲が広いから、知識もスキルも、ものすごいスピードで身についていくのだ。

キーエンスには、「若いうちから責任のある仕事を任せることが、最も社員の成長につながる」という考えに基づいた、自社特有の社員育成基盤がある。その中で成長した営業のプロフェッショナルが、販売現場の最前線に立ち、お客さまもまだ気付いていないような潜在ニーズを捉えて、新しい課題解決の方法を提案する。それが顧客の企業価値を高めることにつながり、高い付加価値を生んでいる。

新商品の約70%が世界初・業界初、キーエンスの「商品力」

開発社員が直接顧客からフィードバックをもらえる喜び

キーエンスが提供しているのはFA(ファクトリー・オートメーション)をサポートする精密機器。つまり「世界中のモノづくりを進化させる」事業を行っている。時代が進むにつれて変容するモノづくりの最前線において、企業が抱える課題を解決。「超」付加価値を提供し、顧客企業のモノづくりを進化させている。取引先は、デバイス、自動車、食料品、医薬品、飲料品、エンターテインメントなど幅広い業界の、世界30万社に及ぶ。

ビジネスの中心に付加価値の高い商品があり、それを生み出すのが開発社員の役割。営業は、その商品を用いてお客さまに価値を生み出す提案を行う。営業中心の会社だと思われがちだが、実は商品があっての営業、この掛け算こそがキーエンスの強みとなっている。

キーエンスの新商品のうち約70%が世界初・業界初だというから驚く。それは新商品に関わる社員が「ヒット商品をつくりたい」という想いを追求した結果に他ならない。自分が担当した商品が載ったカタログに「世界初」の文字を見たときは、相当な感動を得られるはずだ。発売後には営業担当に同行して顧客を訪問し、自分が開発した商品に対する意見をヒアリングすることもある。「こういう商品がほしかった」という言葉を聞けたときの喜びは相当なもの。それが苦言や提言だったとしても、次の開発の大きなヒントを得られる。

プロジェクトの中でやりがいと、自身のスキルアップを実感

ヒット商品を生み出せる理由は何か。一つは、自分たちがつくるべき商品像が的確だから。キーエンスには『顧客が欲しいというモノはつくらない』という、かなり変わったポリシーがある。顧客の「欲しい」は、誰でも簡単に得られる情報だ。競合も似通った商品を開発することになり価格競争に陥る。それはもはや、高付加価値を生む商品とは言えない。一方、キーエンスの開発社員は、国内外問わず製造現場に直接訪問したり、営業担当から届いた『ニーズカード』のすべてに目を通したりと、まず現場の困りごとを深く理解する。これにより顧客すらまだ気付いていないような潜在ニーズを捉えて、つくるべき商品を決めていくのだ。

商品像を的確にする方法がキーエンス流なら、それをより高いレベルで実現する方法もキーエンス流。開発プロジェクトは数名から十数名という少人数で構成される。より広い範囲を担当することが商品の全体最適につながるからだ。難易度が高い技術開発を成功させるため、数々のチャレンジに加えリスクヘッジを緻密にスケジュールに盛り込み、「その開発がビジネスとして成功するか」という判断も大切にしながら、プロジェクトを進めていく。エンジニア同士が切磋琢磨し、新入社員もベテランもチーム一丸となる経験は、若手にとっては、さまざまなキャリアのエンジニアとの交流を通して多面的な意見やスキルを吸収できる絶好の機会になる。

こうして世の中にまだない唯一無二の価値が生み出され、それがまた開発社員のエンジニア魂に火をつける。

会社概要

設立     1974年5月 資本金    306億3,754万円 売上高    7,551億7,400万円(2022年3月期実績) 連結従業員数 8,961名(2022年3月現在) 事業内容   センサ、測定器、画像処理機器、制御・計測機器、研究・開発用解析機器、ビジネス情報機器