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外銀勤務を経て、話題の就活サービスを立ち上げ。【Abuild就活】CEOに学ぶ、人生戦略の描き方

短期集中で就活力を向上させる、コーチングサービス「Abuild就活」。同サービスなどを提供するNINJAPAN株式会社で代表取締役社長を務める新井翔太さんに、ご自身の経歴について振り返っていただきました。

哲学を軸に、「圧倒的な成長率を持つジェネラリスト」を目指した中高時代

――本記事では新井さんご自身について色々とお伺いしていきたいと思います。まずは、簡単に自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか?

新井:NINJAPAN株式会社で代表取締役を務める新井翔太です。Abuild就活や、組織コンサルティング、ITサービスなどの事業を行っています。

――新井さんは京都大学出身だそうですが、大学を選んだきっかけは何かありましたか?

新井:高校一年生のときに東大と京大のオープンキャンパスに行ったんですね。東大はアカデミックな雰囲気でかっこいいなと思ったんです。

一方で、京大では時計台前で自転車やバイクに轢かれそうになったりして、なんて無茶苦茶な大学なんだと思いました(笑)。

同時に、「ああ、この大学に行くことになるな」と直感したんです。雑多なエネルギーがあって面白いなと感じたんでしょうね。

――学部はどのように決められたんでしょう?

新井:高校二年生の頃には、哲学や政治学、文学、脳科学、心理学、文化人類学、言語学、社会学、スポーツ科学など幅広い学問に興味を持っており、学部選びは難航しました。

どこも合う学部がなさそうだなと思っていた矢先に、総合人間学部という場所があることを知ったんです。総合人間学部は、哲学から科学まで学問領域の垣根を越えた文理融合を体現している学部でした。

特に好きだったフランス現代思想の研究をしていた多賀茂先生がいらっしゃり、研究思想も近く、「ここだ!」と確信したんです。

そもそも私は甲陽学院という中高一貫校に通っていたのですが、「自分には特別なものがない」と痛感する日々でした。

よく友人たちと山手線ゲームをしながら通学していたんですが、どのテーマでも最後まで残れなくて(笑)。どんな分野にも自分よりも詳しい知識を持った友人がいて、専門領域では勝てないのではないかと思うようになったんですね。

そんな中で、自分が生き残る道として、二つの人生戦略を練ったんです。

――中学生で人生戦略! それはどんなことでしょうか?

新井:一つ目は、「あらゆることをそこそこできるようなジェネラリストとして生きること」です。

もともと、スポーツや勉強をはじめとして色々なことが人並み以上にはできるものの、日本トップレベルではないものばかりでした。

そのため、一つの何かで勝負するのではなくできることを組み合わせて、哲学という軸でオリジナリティを出して生き延びようと思ったんです。

――なるほど、総合的に勝負しようとしていたんですね。二つ目は何でしょう?

新井:「誰よりも早く成長できるように努力すること」です。

たとえある分野に特化して、「よーいどん!」で勝負しても天才たちには敵いません。だからこそ先述の通り、総合的に勝負するという戦略を取りました。

そのうえで、あらゆる分野において効率良く、ある程度の高水準まで成長できるような方法を考えようと思ったんです。

端的に言えば、物事の本質・構造を把捉することで戦略的に道筋を描き、努力の強度を高めて注力するというようなやり方です。

これら二つが、中学時代に思い描いていた人生戦略でした。それで、まさに総合人間的な自分の人生戦略と総合人間学部という学部選びが合致したという感じでした。

持ち前の発想力で、大学・大学院では様々な活動に注力

――大学に入学されてからは、どう過ごされましたか?

新井:総合人間学部は、略して「総人」と呼ばれるのですが、「おもしろ総人」をテーマに過ごしていましたね。

本質を知ることこそが教養だと考え、色々な経験をしようと考えていました。面白いと思ったらなんでもトライしていくような、自由な大学生活でした。

――勉学面では、どのようなことに挑戦されたんでしょう?

新井:大学の勉強は偏っていましたね。(笑)

高校生の頃から、哲学書や色んな学問の入門書くらいは読んでいたんですよ。そのせいか、一回生のはじめの頃の授業があまりにも知っていることばかりで簡単すぎたんです。

それで、「大学の授業受けるより自分で勉強した方がええわ」と安易に思ってしまって講義に行かなくなりました。(笑)

――えーっ。それは大丈夫だったんですか?

新井:京大は「単位が落ちてくる」と言われたりしていて、単位は簡単に取れると思い込んでいたんです。でも、出席しないと点数が加算されなかったりして、蓋を開ければ全然単位が取れなかった。(笑)

「単位は落ちてくるかもしれないが、拾わなくてはいけなかったんだ!」と反省し、後期は一気に47単位取って挽回しました。

二回生までにはほとんど単位は揃ったので、あとは好き勝手に他学部に聴講をしに行ったり、実習や実験に潜ったり、毛色の違う色々なゼミに参加したりしていました。

――自由に学ばれていたんですね。卒業論文はどのようなテーマで書かれたんでしょう?

新井:『B'z哲学の構築~現実はいかに乗り越えられるか?歌詞解釈から導出される現代思想的世界観~』というオリジナリティ全開の論文を執筆しました。

B'z哲学の核心として、視点の切り換えという全体的統合概念が、プンクトゥム的空間による視野の世界全体への広がりという充足感と、アイオーン的時間による自己分裂生成的な革命感の絡み合ったものであることを見出す、といった内容です。

論文の標準型から相当に外れていたため、副査の教授とは舌戦を繰り広げました。(笑)

――それは気になります......!(笑) 新井さんは、同学部の院にも進学されていますよね。修士論文でも独自の視点を発揮されたんでしょうか?

新井:はい、修士論文でも王道から外れていきました。(笑)

タイトルは『アイオーン-ファイナンス理論によるドゥルーズ時間概念の再構築と、それが拓く新たな哲学的可能性-』です。

このテーマに決めたのは、就職活動をした際に「哲学って役に立つの? 非科学的であいまいでは?」というような哲学に対する評価の低さが伝わってきて、少なからず苛立っていたからなんです。

それで、哲学概念を定量的に評価できるような方法はないだろうかと必死に考えたところ、ドゥルーズのアイオーンという時間概念を、ファイナンスにおける企業価値評価でバリュエーションできたら面白いのでは? と思い至りました。

それを数式化することに成功し、さらに内容が学問領域を複数またがるため査読教授ですらイメージしづらいと思ったので、論文の内容を小説化して補遺として付録しました。

――ものすごい発想力ですね! 大学時代の課外活動ではどのようなことをされていたんでしょう?

新井:総合人間学部の学部代表として、オープンキャンパスや合宿の主導、論文発表会・縦横の交流会・研究プロジェクトの主催、総人・人環活性化委員会など、総人関連の活動を多くしていましたね。

また、当時京都大学は教養教育改革を掲げ、学部が解体されるかもしれないという状況にあったんです。これをきっかけに、改めて大学の存在意義を問い直す『ゆとり京大生の大学論』という本を大学の先輩方と共著で出版したりしました。

この他、西日本を野宿しながら自転車で一周する旅行も独りで敢行したのですが、見聞を広げることができ、良い経験になりました。

――色々と挑戦されていて、まさに「おもしろ総人」ですね! サークルや留学などは経験されましたか?

新井:京大B'z同好会で会長をやってNFという文化祭のステージを盛り上げたり、文化祭のお笑いステージに出場したり、R-1グランプリの予選に出場したりしました。

留学は一年ほどアメリカに行きましたが、この間も日米の学生が文化交流をするクラブを立ち上げたり、現地企業でコンサルティングをしたりと精力的に活動しました。

米国社会人のベースボール一部リーグにおいて、WA州の代表としてカナダへ遠征したこともありました。

――素晴らしいご活躍ですね。在学中の出来事で、特に印象に残っていることはありますか?

新井:京都大学の卒業式は仮装して参加する伝統があるんですね。私も20cm以上あるハイヒールを履いて、2m超の女装で参加したんですが、それをテレビ局数社に取材されたんです。

その一つの関西ローカルの番組では、女装をしながらの「日本を引っ張っていけるような人間になります」というコメントを取り上げてもらいました。

「卒業式でふざけるのは良くないと思うんですよ」と言うコメンテーターに対して、解説員さんが「でもね、こういう人が社長になって社会を動かすんですよ」と答えていらして。今思うと、その言葉が現実になりましたね。(笑)

第一志望の外資系投資銀行に内定し、投資銀行部門に従事

――これまたパンチのあるエピソードでしたが、就活はどのように進められたのでしょう?

新井:大学院1年の夏に、外資系投資銀行や外資系コンサルファームなどのインターンを経験しました。5月末頃からインターンの説明会が始まり、7・8月に選考があり、8・9月に参加するという形でしたね。

また、秋にアメリカで開催されるボストンキャリアフォーラム(※世界最大級の日英バイリンガルのための就活イベント)にも参加しました。

そこでの面接を通過したことで、外資系投資銀行、日系投資銀行や外資系コンサルティングファームなどのディナーに誘われました。ディナーというのがボスキャリにおける最終ゴールの扱いなんです。

その後、冬の本選考に向けて10月末頃から説明会が始まり、11・12・1月に亘る選考を経て、1月中旬に第一志望の外資系投資銀行から内々定が出ました。

――就活時に有利になった学生時代の経験はありましたか?

新井:アメリカ留学時に、投資ファンドで三ヶ月の長期インターンを経験したことです。

ファンドサイズが約2,500億円という大きなファンドの中で、投資先選定のリサーチや分析、投資先に対するアドバイザリー資料の作成などを手伝わせてもらいました。

初めてプロフェッショナルな現場で働くことができ、多くの学びを得られました。実際に仕事をするイメージもつき、就活における自己PRにも活用できましたね。

――外資系投資銀行でのお仕事はどのようなものでしたか?

新井:新卒で投資銀行部門に入りました。

投資銀行部門は、証券会社に当たります。プロダクトベースでは、M&Aや株式発行、債券引受を行っています。私もこれらのいずれの業務にも従事しました。

――それぞれの業務の詳細を伺ってもよろしいでしょうか?

新井:まず、M&Aとは、Mergers&Acquisitionsの略で会社の買収や合併のことで、投資銀行は事業会社のフィナンシャル・アドバイザー(FA)の立場に付きます。

バイサイド、セルサイドのいずれかのFAとして、クライアント企業のM&Aを成功に導くべく、トータルの取りまとめを行う役目を担っているんです。

株式発行は、新しく市場に向けて株式を発行することで、「PO(Public Offering)」と呼ばれます。初めてのPOのことを「IPO(Initial Public Offering)」と呼び、一般的には「上場」と言われます。

投資銀行は株式を発行するまでの価格形成の支援をし、発行まで伴走します。投資銀行部門から引き継いだマーケッツ部門が証券会社として実際に株式を販売していきます。

そして、債券引受はデット・ファイナンス(借入金融)にかかる業務で、社債などの債券をアンダーライティングします。アンダーライティングというのは、証券会社がリスクを取って債券をクライアント企業から引き受け、一般に販売する行為のことです。

会社としてのプロダクトであるM&Aや株式発行、債券引受に繋げるためには営業をし続ける必要があり、投資銀行ではこの部署のことを「カバレッジ」と呼んでいます。

カバレッジでは、業界ごとに担当バンカーがいます。私もITや家電メーカー、鉄道、飲料、医療、バイオ、化粧品、など様々な業界に関わりました。

――なるほど、ありがとうございます。外資系投資銀行に入って良かったと思うことはなんでしたか?

新井:最初のキャリアとして、プロフェッショナルとしての仕事の厳しさを知ることができたことですね。ほとんどの人の仕事観は、新卒時のキャリアによって形成されると思うんです。そして一度形作られてしまった感覚は、なかなか変わることがありません。

そうした意味でも、外資系投資銀行というハードな環境は、その後の仕事においても大きく役立っていると感じます。特に、仕事における時間感覚やクオリティの意識、キャッチアップ力、チェース力などを早いうちに習得できたのは良かったですね。

また、海外研修が楽しかったことも印象深いです。ロンドンで5週間ほどの研修でしたが、毎週派手なイベントがあってグローバルな同期と仲良くなることができ、17時に研修が終わった後は飲みに行けるし、お金をもらいながらファイナンスの勉強ができるのも最高でしたね。

人生におけるビジョンとミッションを叶えるため、起業に踏み切る

――そんな中、新井さんは起業されたんですよね。これはどのような経緯があったのでしょう?

新井:実は、会社は弟と一緒に起業したんです。当時は別の会社で社長をしていた弟と、地元の銭湯で雑談をかねてビジネスアイデアをブレストしていたところ、意気投合したのがきっかけです。

「次世代に、熱く在れる常識を創り続ける」というビジョンが一致していたこと、そして「埋もれた資源を発掘し、個人や組織のポテンシャルを最大化する」というミッションを共感し合えたのが大きかったですね。

――起業して、苦労したことはありますか? たとえば、大企業とスタートアップの違いを痛感したご経験などがあれば、教えてください。

新井:事業に対する論理がまるで違うことですね。

大企業では精緻な予測を立て、99%の精度で事業を進めることを是とします。 一方でスタートアップではスピード感が最も重要で、精度が高くなくても推進し、トライアンドエラーの過程で改善を重ねていくという思想です。

例えば、私は事業計画や収支計画を立てるのが好きだったのですが、これは大企業的というかファイナンス人間的な発想です。スタートアップでは事業計画通りに行くことなどまずなく、常にその場での即時対応の連続です。その感覚に慣れるまでは苦労しました。

また、資金体力が大企業と比べて圧倒的に弱いので、キャッシュが非常に重要になってきます。常にキャッシュを睨みながら、最大限の成果を上げるために何をすべきかを考えていくことも大変でしたね。

――新井さんが、経営者として大切にしている考えはありますか?

新井:大きく三つの視点を大事にしています。

一つ目が、「PL思考」です。PLというのは損益計算書のことですが、PLを単なる財務諸表以上の捉え方をしています。PLは主に、売上、売上原価、販管費、支払利息、税金の項目で成り立っていますが、各々の項目に沿って分解し、何を大切にするか意識しているんです。

まず売上についてですが、顧客のニーズを捉え、最高のサービス・プロダクトを提供することで、売上を上げられます。顧客ファーストに、そして顧客が潜在的に欲しかったものを提供し、改善し続けることを常に意識しています。

売上原価というのは仕入れのことで、取引先との関係を良好にすることで、良い仕入れができます。それによってお客さんに良質なサービス・プロダクトを提供できます。

販管費とは、人件費や広告費など営業に関わる費用のことで、会社を構成するうえでの中心的存在にあたります。特に、社員を家族のように大事にしています。弊社においては、仲良く、楽しく、泥臭く、そして頭の良さと気合いを重視するカルチャーを構築しています。

支払利息は、金融機関との関係性です。デット・ファイナンス(借入金融)は経営レバレッジ(利益の増大効果)をかける意味で、重要な立ち位置にあります。

税金は経営者にとっては苦しいものですが、この国や地域というプラットフォームを使って、法の下で事業をさせてもらっているというショバ代のようなものです。

これらのPL項目を念頭に置きながら、各々の項目に合わせて大切なポイントを明確にしています。

――なるほど、PLとビジネスが有機的に繋がった気がします。大事にしている考え方の二つ目は何でしょう?

新井:「BS思考」です。BSというのは貸借対照表のことで、資産、負債や純資産の項目で構成されていますが、これを独自に発展させて考えています。

事業を投資効率という観点で捉え、コーポレート・ファイナンス的な視野を意識しています。

つまり、有限の資源(ヒト・モノ・カネ・情報など)をどのように配分していくかを、投資としてのIRR(内部収益率)的なリターンや、ROIC(資本利益率)的な経営効率で考えています。この思考は特に、事業ポートフォリオの構成を決める際に重視しています。

また、新しい事業を考える際、自律的なビジネスモデルかどうかも肝要だと思っています。そのために、人間の本質とは何かを深掘りするようにしているんです。

弊社がどのような点で、市場に対してアービトラージ(裁定取引)ができるのか? をあらゆる平面で思索していきます。

――三つ目についてもお教えください。

新井:最後が「歓待思考」です。

フランスの哲学者である、ジャック・デリダの歓待概念から発想しているのですが、0から1を生み出すために、歓待という思想があります。

端的に説明すると、仮に現在恩恵に預かっていなかったとしても、まず世の中に恩恵を与え、社会を良くしていく動きをするということです。

私としては、日本を引っ張っていきたいし、社会を良くしたいし、世界をより進歩させていきたいと思っています。その為に自分という媒体を活用して、貢献していきたいと考えています。

弊社においては、この歓待思考をVISION・MISSION・VALUEに盛り込んでいます。

――いずれも新井さんのご経歴を反映するような、素晴らしい思想ですね。最後に、新井さんが今後達成していきたいことは何でしょうか?

新井:人生の目標としては、「次世代に熱く在れる常識を創り続け」、「埋もれた資源を発掘し、個人や組織のポテンシャルを最大化する」形で、日本を引っ張っていく存在になることがあります。

現時点における私自身の影響範囲は、会社とサービスを提供する領域というごく限られたものですが、この影響範囲の円環をどんどん大きなものにしていきたいと思っています。

会社としては、10年後に企業価値を1兆円規模に持っていくことを目標にしています。そのために、前述のPL思考・BS思考・歓待思考を活用しながら、頑張っていきたいと思います。

――今後のますますのご活躍をお祈りしております! 新井さん、ありがとうございました。

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