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教養は生きていく指針であり、武器になる【木村 泰司】

30年後の社会を支える「エリート」に不可欠な資質について、各界をリードする方々にお聞きする就プロのオリジナル連載。著書『世界のビジネスエリートが身に付ける教養 西洋美術史』(ダイヤモンド社)が好評の西洋美術史家・木村泰司(きむら・たいじ)氏のインタビュー2回目では、ビジネスエリートに求められる教養とは何か、に迫ります。

ビジネス書ばかり読んでは教養が身につかない

日本のエリート層が教養のため、美術史を学んだ方が良いのはどうしてですか?

木村:美術史を学べば、西洋のことがよく分かってくるからです。

たとえば建築様式一つにとってもそうだけれども、なぜアメリカのシティーホールや州会議事堂はドーム型の屋根になっているのか、など。そういったことのすべてに、西洋の人たちの思想や歴史が表れています。だから、それが分からない人は教養がない、とみなされて、欧米では尊敬されません。

あと美術史を学ぶときには、本当にたくさんの本を読まなければいけないので、相対的に教養が身につくきっかけにもなるでしょう。

-外国の方との共通項として美術史がすごく大事だ、というのはよく分かりました。ただ、そもそも「教養が大事」というのはなぜなのでしょうか。国内でキャリアを積んでいくにしろ、なんとなく大事なものだと思うのですが。

木村:教養は、自分を助ける力になるんです。「歴史は繰り返す」なんて言葉にしたら簡単だけれど、まさにそうで。

歴史を学ぶと、人間ってどの時代も変わらないな、ってすごく普遍的なことに気付けるわけです。

どんな人が、どんなことを考え、どんな行動をしてきたのか。

それを学ぶことで、必ず自分の糧になりますから。自分を振り返るきっかけにもなるでしょう。

それはもちろん、美術史からだけでなく、文学や歴史からでも学ぶことができますね。

でも、最近の若い人は、やはり目の前の実利を求めてしまって、ビジネス書ばかり読んでいるでしょう? でもそれでは深い教養は身につかないから...。

あと日本人にありがちだけれど、スポットだけ、ポイントだけを絞って学ぼうとしますよね。だけど、その分野を突き詰めていけば、スポットだけの学び方では全然足りなくて、しっかり体系的にアプローチしなければいけないということがよく分かってきます。

そうやって学ぶからこそ、人間としての幅が広がっていくんですよね。

「教養」という言葉にアレルギー反応を示す日本人もいますが、ある程度トップクラスの大学を出た人であれば、社会人としてそれなりの地位について周囲の期待を背負うわけでしょう。

そのとき、この人に教養があるかないか、というのは外から見たときに分かるもの。やっぱり顔に出てくるんですよね。

教養を身につけなければ、幅が狭くなる

―顔に出る、って...。その点について、もう少し教えてください。

木村:口を開けば、そんなのはすぐに分かります。よくアメリカでも、「話してごらんなさい、そうすれば5秒であなたの育ちが分かるから」みたいな話があって。

それは当然、歯並びのことを言っているのではなくて(笑) 言葉遣いもそうだし、会話力というのかな...。

あと感じるのは、欧米のエリート層と言われる人には「華がある」ということかしら。

―具体的に教えていただけますか。

木村:やっぱりね、欧米でエリート層と言われる人は品があるし、会話一つをとっても奥が深いです。

―会話力も違うんですね。その違いはどうして生まれるのでしょう。

木村:アメリカだと、子どものころから授業でスピーチの仕方をしっかり学びますよね。例えば、あるテーマに対して、今日の授業では賛成、明日の授業では反対、と立場や見方を変えて、いろいろな要素を取り入れながらスピーチを練習します。

それは自分が賛成か反対か、ということが問題ではなくて、いかに客観的で、説得力のある話ができるか、を重視しているから。論文も同じで、私がアメリカで教授から口を酸っぱくして言われたのは、学問なのだから絶対に客観的でないといけない、ということでした。

これはアメリカの例だけれど、客観的、論理的に物事を語れる、というのは、きちんと教育を受け、教養があるからですよね。

一方、教養のない人というのは、年をとるごとに主観的になりがちで。

―話が主観に寄っちゃう、ってことですね。

木村:そう。年配の人にありがちだけれど、自分の経験でしか物事を言えない人が多いでしょう。

それは自分の世界が狭いから。

歴史・文学・古典を学んで、いろんな価値観や、様々な視点を学ぶことで、幅広い思考ができるようになるんですね。

すごく印象的なのが、海外の一流のロースクールでは「いきなりロースクールに来た」という人はほとんどいません。最初に、歴史などの人文学的教養を学部や大学院で学んでから、ロースクールに行くんですね。

まさしく、自分の幅を広げる勉強をしているわけです。

―すごく分かります。自分の経験からしか学べない、って日本のビジネスパーソンにありがちかもしれませんね。

木村:それに「教育のレベルが高い=教養がある」とは違います。社会は多様化していて、ずっと同じ会社で働く時代ではないですよね。これからはますます、単純に仕事ができる力だけではなくて、「人間力」というのがとても大事になってくるでしょう。

日本の上位5%の大学で学んだ人なら、社会に出たあと、それなりのポジションについて仕事するチャンスがほかの人より多いはず。だからこそ、教養がないと恥ずかしいし、部下だって付いてきてくれないですよ。

生涯、教養のインプットは続けるべき

―社会人になると、特に20代は忙しいですよね。それでも、教養のインプットは続けた方が良いですか?

木村:一生、学び続ける姿勢は本当に大切だと思いますよ。

たとえば子育てをするときでも、子どもにとって親の影響は大きいですよね。進路をはじめ、さまざまな場面で子どもが迷い、悩むとき、どのように指針を示せるかは、親に教養があるかないか、というのが大きく左右するはずです。

―だれだって悩みのない人生なんてないのであって、やっぱり教養は生きていく指針であり、―将来、自ら起業したり、新しいサービスを作ったり、といったことを手がけるときにも、教養は武器になるでしょうか。

木村:もちろん、もちろん! 例えば歴史から学べる哲学や、時代の流れというのは、とても参考になるはずです。

だから欧米のエリート層は古代ローマ史など、必ず歴史の流れというものをしっかり学んでいます。日本では受験勉強のための暗記でしか歴史を捉えていない人が多いので、とてももったいない。

歴史を学ぶ手がかりとしても美術は有効なので、欧米では美術館に行くと、どんなに小さな子どもでも先生や学芸員が付いて、ちゃんと解説しています。そういった教育の差は大きいですね。